ホリエモン再考
「文句ばっかりいうな」という文句ばっかり聞かされる、Diceです。
と笑点風に始まってみたわけだが、前回のエッセイでは極端に最悪の場面を想定して裏読みをしてみたわけだが、実際のところはどうなんだろうね、ということで、今回はホリエモンをちょっとは肯定的にみてみようかね。 今回はそんなお話。
とはいえ、私はこの人の、特にジャーナリズムに対する考え方には同意しかねるんだよね(「報道ステーション」の加藤千洋さんも同じこと言ってたが)。
その辺りのことからいってみましょうか。
というのは、江川紹子さんのホームページに、彼のインタビューが載ってるんだけど、その中で、「ニュースを完全ランキング形式にする」って言ってて、「ランキング外のニュースはごみだから捨てていい」とまで言い切っちゃってるんだよね。
で、それに対して江川さんが「そういうニュースの中にも役立つものがあるのでは」って反論すると「そういう社会正義とかのおせっかいな方針が入ったから今の報道がだめになったんだ」と言って、さらに江川さんが「でもランキング形式でやるっていうのも一つの方針ですよね」って問いただしたときに「それを方針って言われると」って言って言葉を濁したんだよね。
私は、最近の頭のいい(成績のいい)学生と話してるときに時々思うんだけど、「これこれは間違いだから全部のこれこれをしない」って言って、全否定に走る傾向があるような気がするんだわ。
例えば解釈、「解釈するのは間違いだから全部解釈しない」って、それだけでは間違いではないけれど(勘繰りはいつまでたっても勘繰りだからね)、「"解釈しない"ってのも一つの解釈態度だろうよ」ってことに気が付かない、あるいは気が付いたとしても開き直ってニヤニヤしているっていう人が増えているような気がするんだよね。
確かにこの手法だと反論は封じられるんだよね。
だからしばしばこの手法はディベートでは用いられてて、分かりやすく言うと"勝ちがなくなったら水掛け論にして無効試合を目指す"って戦略なんだけど、インタビューの場で、こういったディベートの手法を用いるということがどういうことなのか、ホリエモンはもう少し考えたほうが良かったんじゃないのかねぇ。(私は、オウムの上祐さんを思い出した。 相手が江川さんだし。)
さてと、すっかり本筋から遠くなったが、それらを踏まえた上で、それでも、現状の放送業界の閉鎖社会っぷりを考えると、今回の買収騒ぎがどう転んだとしても"風穴を開けたという意味ではホリエモンを高く評価してもいいんじゃないか"とは思うんだよね。
しかしまぁ、とはいっても「壊し屋」としての評価でしかないんだが・・・。
え、前回とどっちの意見が本当かわからない? ってそんなものどっちでもいいじゃない、野次馬なんだから。
以上、今回のお話はここまで。


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