人権擁護法案について(おわりに):分配的正義・属地・無知

さて、人権をめぐる長々としたお話も今回で終わりです。

"おーしーえてー、くだーさい、この世に生きとし生ける者の、すーべーてに、こーこーろが、こころがあるのなーらー。
チョンは氏ねですか、イタ公は犯れですか、我滅日帝ですか、アメは逝けですか。
私の愛しい人も、首吊ってしまえですかー。"

 てな事を前回の最後のほうでは結局言ってたわけだが、そういってしまう心情のお話、つまり属地のお話からはじめましょうか。
え、「属地」っていっても分からない?要するに「生まれによるアイデンティティのありよう」とでも言えば良いのかね。

そして、私は
"非常に残念だが、属地、無知の問題は、再分配による解決が今の段階では難しい"
と思っておるのですよ。
以下、なるべく難しくなりすぎないように、説明してみましょうか。

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人権擁護法案について(その4):で、人権って?

Diceです。 おやつが一週間連続でくずゆだったことがあります。
Diceです。 小学生のとき、お母さんが、6個50円のパックの卵を10円で1個だけ買ってきました。
・・・しょっぱかったとです。

 と、いきなり自虐ネタから始まったんだが、なんせ話自体がむちゃくちゃ堅いからねぇ、こうでもしないと冗談が入れられないんだよねぇ、ほんとに(半畳ーの山、リフジーンの谷っと)。

 で、いよいよ盛り下がってまいりました、人権擁護法案に関する話の続きなんだけど、いろいろなサイトや本を見て回った結果思ったのは"人権と言うのが、何に対して守られるのか"ていうのが案外知られていないんだなぁ、ということなんだよねぇ。
 このあたりをぐちゃぐちゃにすると、わかる話もわからなくなっちゃうと思うんだけど、どうなんだろうね。

 というわけで、今回は、そのあたりから考えてみましょうか、"諸君、単純な問いからはじめよう。 『そもそも人権とはなんですのん?』"

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人権擁護法案について(その3):消極的自由についての消極的見解

 なんだか個別具体的って言いながら前回は全然法案に踏み込まなかったので、今回は逐条解説でもしながら、人権保護の法制自体がいらないって言ってるわけじゃぁ無いんだっていうことでもしようかねぇ、今回は、そんなお話。
 
 と、思ってたんだけど、法案の解説については、かなり詳しく、また分かりやすく書いてるサイトを見つけたので(当代江北日記経由、ココね)、そこを参照してもらうとして、しかし、法案の解釈、および対案については同意しつつも、なお問題があるだろうと思うことについて、述べてみようかと思う。 今回は、そういうお話にする。

 ただ、文句はつけさせてもらうけれど、全体の話は紹介したサイトの人に賛成なんよ。 人権保護の必要というのはあるだろうと思うし、そのための法制も、やっぱり必要だろうとは思うんだ。 そして、「人権侵害の救済」と「マスコミ規制」を分離させ、人権委員会を法務省から独立(というか、政府から独立)の機関として設置、アイヌ、琉球人、マジョリティ、在日、被差別部落、その他を含むような人権委員会にするべきだ、というところまで、ほぼ全面的に賛成なんだわ。
 ま、もう少し言うと、一人、あるいは特定の人に集中しないように、任期を短く(1年ぐらい)区切ったほうが良いとは思うけど。

 しかし、そうは言っても、と思うのは、まず第1点、
"法律の厳格な適用という解決策は、失敗するだろう"
というのと、もう一つは
"積極的自由と消極的自由を分けて考えているようだが、その区別をする必要が、果たしてあるだろうか?"
 ということなんだよね。

 ということで、以下かなりややこしい話になるけれど、まぁ適当にお付き合い願えたらね、と思います。

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人権擁護法案について(その2):あるすがた

 さて、前回の内容を受けつつ、それでは具体的に人権擁護法案の、なにが、どうおかしいのかを個別具体的に述べるとともに誤解を受けるんじゃないかなと思うことについて言い訳を述べ、もってこれにかえることとする(何を何にかえるって?)。
 今回は、そんなお話。

 ということで言い訳から入らせてもらいますけど、前回、個別の政党の名前を挙げて、かなり批判的なことを書いておりますが、その支持団体である、某宗教団体の信者の方を直接非難する気は毛頭ございませんよ、私は。
 個人的にやる分には、南無妙法蓮華経だろうが、南無阿弥陀仏だろうが、畏くも高天原にだろうが、こちとら知ったこっちゃございません。
 ただし、HP版でも申し上げたとおり、いやしくも民主主義国の、また国民国家の政治家としてあるまじき発言をなさいますような方を、無知ゆえに、また己の無謬性を主張するあまりに、当選させてしまうような、とんでもない暴挙をなさいませんように、とは思いますが。

 ま、そんなことはともかく、具体的に何が問題なのか、ちょこっと考えてみましょうかね。

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人権擁護法案について(その1):民主主義についておさらい

 なんていうか、もう、あきれて物が言えない、といいつつものを言うわけですが。
一度ダメになったはずの人権擁護法案(別名:D作擁護法案)が、またしても復活してしまったようですね。

 この法案のどこがダメであるのか、とともに、民主主義にとってこの法案がどれほど悪影響を及ぼすものであるかを述べてみたいと思います。 今回は、そんなお話。

 思いっきりはしょって言うと、この法案の問題点とは「誰がそれを差別と決めるのか」っていう点に集約され、それが法務省の外局扱いの「人権委員会」なる怪しげな組織である、からということなんだけど。
 
 まぁしかし、私はそもそもから語り起こすのが好きなので、"そもそも民主主義とはなんじゃいな"ってなところから、やっていきましょうか。

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法と正義とホニャララ

 さて、軽めの話題が2回ほど続いたので、今回は少しややこしい話をしてみましょうか。
先日、フジテレビでドキュメンタリー大賞授賞式ってのが中継されてて、兵庫で起きた連続児童殺害事件(いわゆる酒鬼薔薇事件)の被害者を扱った関西テレビのドキュメンタリーが大賞を受賞していたんだけれど、その中で、被害者の家族の方が「法律は正義じゃないっ」って叫んでいたのね。
 じゃあなんなんだろうね、って今回はそんなお話。

 で、また最初に言っておかなければなんねぇのだが、私は被害者の人権なり何なりが保護されないのはおかしいと思っているんですよ、少年事件だからって、家族の人が法廷に入れない、加害者への接見も許されないってのはおかしいからね。
 しかし同時に、「加害者の人権が保護されすぎてる」ってぇ議論には乗れんのだわ。
どうも最近の傾向として、反動の反対の結果、逆方向に振れすぎる議論が多すぎて困るんだけど、「被害者の人権がないがしろにされてる、片手落ちだ」って言うんだったら、その反対は「だから被害者を保護して、加害者の人権を保護する必要はない」じゃあなくて、「加害者と被害者、どちらの人権も保護すべきだ」でないのかい?

 以上のことを踏まえて、じゃあそのよりどころとなる法律ってえのはどういうものなんだね、ってことを考えてみましょうか。

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新自由主義、という主義

 小泉さんやブッシュさん、ブレアさんは"新自由主義的"経済政策を取ってるといわれてる。
で、その新自由主義ってなんじゃ?ということを考えてみようかねぇ。
 今回はそんなお話。
前回のエッセイで、話の流れの都合で改変して削除した、新自由主義に関する文章をやり直してみました。

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デモクラシーでも考えてみる

 久しぶりに鬱の大波に襲われた。 読んでいた本が悪かったのだろうか。
テッサ・モーリス・スズキと姜尚中(カンサンジュン)の対談『デモクラシーの冒険』(集英社新書、2004)を読んでいたのだが、それがどうも良くなかったようだ。
 そこで気が付いたのが、デモクラシーは鬱病と似ている、ということだ。
今回は、そんなお話。
はじめに書いた文章がかなりわかりにくかったので、改変しました。

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