中国1.0
先日の報道によると、湖北省黄岡黄州区法院(裁判所)で「早産判決書」が下された。6月12日に開廷した事件なのに、判決書はなんと6月4日付けになっており、一時、世論は騒然となったのだ。
この「早産判決書」はもちろん絶技だが、これをもってしても同類の判決書の輝きをくらませることはできない。四川省某市と海南省某県の法院は、判決書で被告と原告を取り違えたことがある。これは「乾坤大挪移」(訳注:武功の奥義で超常現象を起こす技)という。南京の法院は彭宇事件の判決で「常識的に考えて、彼と老婦人がお互いにぶつかった可能性が比較的高い」と称した。これは「ホームズ式推理」派という。西安の法院では判決書で「中華人民共和国民法通則第158条に基づいて…」と述べたが、民法通則は全156条である。これは「大きいことは良いことだ」派である。
公平・正義の表れである判決書にしてこのありさまなのだから、判決書意外ではさらに多くなることは当然である。
粗忽、粗製、粗暴、粗野。これは私が心から感じていることである。気分が悪く、尊重されていないと感じる。
こうしたミスはIT用語のバグを思い出させる。バグが小さければたいした影響はないが、バグが多かったり、重大なバグがあればシステムが崩壊する。通常、人はバグの多いプロダクトをベータ版とかver.1.0とか言う。現在、「大根は抜けたが泥がすすぎ落とされてない」社会変動中の中国はバグ満載のver.1.0である。
こうしたバグは茅于軾氏(訳注:経済学者)が『誰が富への道をふさいでいるのか』の中で述べているように、一つ一つを見れば重大でもなく、違法でもないが、それらが累積すれば恐ろしいことになる。13年間、刃を磨いてきた伝家の宝刀「反独占法」は今年8月1日、ようやく鞘から抜かれたが、40余りからなる施行細則がまだ出されていないため、実施しようがない。ただ刀を抜いた後で茫然とするのみである。
また、このバグはシェークスピアの「馬、馬、馬。一匹の馬で国を失う」という言葉を思い起こさせる。リチャード三世の死に様は次のようなものであった。釘が一本足りなかったため、蹄鉄が一つ足りず、蹄鉄が一つ足りなかったため、軍馬を一頭失い、軍馬を一頭失ったため、一度の戦闘に破れ、一度の戦闘に破れたため、国家を失ったのである。「バグ、バグ、バグ、一匹のバグ(虫)で国家を失う」とも言えるか。
茅于軾氏がいうように、一人一人がこうしたことに責任を負っている。あなたが店員だろうと運転手だろうと、教師だろうと電話交換手だろうと、行政の事務員だろうと、少し仕事のルールを変えてみれば、社会全体の富を増やすことができるのだ。茅于軾氏が説くのは豊かさだが、社会進歩の道理も同じことだ。怖いのは、バグが当たり前になり、粗放なのを豪放と捉えるようになることである。苗煒氏は『どれくらい遅刻すれば時間通りか?』の中で、北京での一般のプレス発表は30分から1時間遅刻するのがベストで、ビジネス・パーティでは30分遅れるのがよい、と述べている。苗氏のユーモアは北京での公務はバグだらけだということを示している。
こうしたバグは誰も気づかれないうちに作られ、気づかないうちに誰かを邪魔している。一人ひとりが被害者であり、また加害者でもある。こうしたバグを削除、すぐに大きなバグとなってしまう。小さなバグを取り除かなければ、ver.1.0の中国は永遠に中国2.0にバージョンアップできないだろう。
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