花火降る春節
今日は春節(旧正月)です。
北京など、いくつかの都市では10数年ぶりに「ゆく年、来る年」を祝う花火や爆竹の使用が「禁改限」(条件付きで解禁)になりました。この背景には伝統的な新年行事の復活を求める人民の世論があったようです。
中国新聞網によれば、北京市がネット上で意見を求めたところ、大多数が「禁改限」に賛成し、「迎年の雰囲気を残すよい方法だ」と見なしたということです。コメントを寄せた顧俊氏(上海大学社会学教授)は、花火の禁止は安全と環境への考慮から出たものであるが、一律の禁止は伝統の継承に不利になり、両者のバランスをとることが必要だと指摘します。このため、宣伝を広め、ルールに基づいて事を行う市民意識を養うと同時に、都市管理者がさらに科学的・実用的な法案を制定するという良性の相互作用を形成することが鍵であると言います。パイプの流れを良くすることが問題の解決に有利であり、この「禁改限」は政府管理理念が進歩したことの現れであるとします。
『新京報』社説「北京で花火の点火が許された後に」は、象徴的な意味を持つ「禁改限」の後にも伝統民俗と現代文明の間の矛盾と衝突が時ならず発生するだろうと説きます。伝統民俗と現代文明を共存させるためには、両者の矛盾と衝突をいかに調和させるかが重要であると指摘、そのための三つの原則を提示します。すなわち、(一)法治精神を守ること、(二)他者の権利を尊重すること、(三)寛容の精神です。
『大衆日報』のコラム「どれだけの事を“禁改限”できるか」も興味深い記事です。記事はまず、安全・環境といった公共利益と伝統民俗のバランスをとるうえで「禁改限」は良い方法だったと評価します。さらに従来の中国社会は行政主導型で、政府に対する監督と拘束が不十分であり、政府は往々にして「家長」のようであったと指摘。市民の権益と要求を無視したり、「禁止が多すぎ、服務が少ない」といったことはその表れであるとします。また、ある部門が「公共利益」の名の下に部門の利益をはかったり、「良心(という動機)で悪事(という結果)をなす」など、市民の願いに背いていると批判します。さらに、民主法治が進むこの時代、政府は民主的な監督と拘束を受け、「家長」型から「公僕」型への転換を実現しなければならないとします。花火・爆竹の「禁改限」は今年が初めてなので、これが正しかったのかどうかは実践を通して見なければならないとしながらも、その背後にある、服務型政府という観念が体現されたことは喜ぶべきであると評価しています。
春節の花火という風物詩の復活も、中国の政治改革と市民社会の成長を背景としているということでしょうか。こうした動きの行方がどうなるか、まだまだ予断を許しません。
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