“挙国体育”の墓掘り人
3月24日付け『新京報』に、かつての女子重量挙げ全国チャンピオンで、世界記録を出したこともある鄒春蘭さんの現在の生活の様子が掲載されました。
彼女は現在、長春の某サウナで垢すりとして5平米のタコ部屋に住み込みで働いているそうです。本人曰く「小学校3年生にも満たないような学歴しかなく、ピンイン(漢字の発音をアルファベットで表したもの)も読めない」ということで、単純作業にしか従事できないということです。かつてのスター選手の貧しい生活に多くの人々がショックを受けたようです。
翌日の『新京報』は湖南省体育局体育科学研究所副所長・鐘賦春氏の「引退選手の生存状態に関心を」という意見を掲載しています。現行の体制では、選手やコーチに成績を出すことのプレッシャーがかけられており、そのため選手が同世代の人間と同じような文化や知識についての教育を受けられないと訴えています。体育学校では競技の練習時間が長く、学習時間が短いうえに、教師の質や学習環境においても一般の学校に劣っているということです。鐘氏は体育学校の教育体制の充実と引退した選手に対する職業訓練、生活補償金の必要性を訴えています。
鄒春蘭さんのニュースは体育事業のあり方についても、人々の反省を呼び起したようです。『人民日報』には殷健光氏のコラム「チャンピオンは体育事業の泥をこすり出した」が掲載され、現行の体育事業における、スポーツの成績至上主義を批判していいます。スポーツ選手の全面的な資質の向上を目指すべきところ、文化や知識面の学習が軽視されていること。本来、国民の資質を向上させるための体育事業なのに、「金メダル思想」によってイメージやメンツのための事業になっており、金メダルのためなら選手の身体にも負担をかけるという、体育事業としては本末転倒の状況になっていること。体育事業は全民衆の資質の向上を評価基準とすべきところ、金メダルや銀メダルの数が評価基準となってしまっていること。さらに選手の就業問題を無視してきたこと。鄒春蘭さんのニュースによってこすり出された、これらの泥によって体育事業が汚染されていると主張されています。
『中国保険報』には劉宇氏のコラム「鄒春蘭が“挙国体育”の墓掘り人となることを願う」が掲載されました。このコラムもオリンピックのメダル数を重視して、選手に犠牲を強いてきた従来の体育事業を批判します。かつての計画経済時代ならば引退後の職場も用意できたかもしれないが、現在はそうも行かないということです(選手に小学生なみの学力しかないのならばなおさら)。劉氏はこのような状況を生み出したのは金メダル獲得戦略を掲げた“挙国体制”であったと指摘し、その改革を訴えますが、現在は北京五輪前ということで、それも難しいと考えています。しかし、五輪が終われば金メダル獲得戦略をやめ、体育を本当の意味での体育に戻すべきだと主張しています。
しかし、これら「体育事業の市民化」とでもいうべき課題が、五輪後にも忘れ去られずに済むでしょうか。メダル数や国際大会での活躍を体育事業の評価基準にしたり、スポーツが国威発揚に利用されることは中国よりもはるかに先進的な国家においても、いまだに行われているのです。
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