2006年1月29日 (日)

花火降る春節

今日は春節(旧正月)です。

北京など、いくつかの都市では10数年ぶりに「ゆく年、来る年」を祝う花火や爆竹の使用が「禁改限」(条件付きで解禁)になりました。この背景には伝統的な新年行事の復活を求める人民の世論があったようです。

中国新聞網によれば、北京市がネット上で意見を求めたところ、大多数が「禁改限」に賛成し、「迎年の雰囲気を残すよい方法だ」と見なしたということです。コメントを寄せた顧俊氏(上海大学社会学教授)は、花火の禁止は安全と環境への考慮から出たものであるが、一律の禁止は伝統の継承に不利になり、両者のバランスをとることが必要だと指摘します。このため、宣伝を広め、ルールに基づいて事を行う市民意識を養うと同時に、都市管理者がさらに科学的・実用的な法案を制定するという良性の相互作用を形成することが鍵であると言います。パイプの流れを良くすることが問題の解決に有利であり、この「禁改限」は政府管理理念が進歩したことの現れであるとします。

『新京報』社説「北京で花火の点火が許された後に」は、象徴的な意味を持つ「禁改限」の後にも伝統民俗と現代文明の間の矛盾と衝突が時ならず発生するだろうと説きます。伝統民俗と現代文明を共存させるためには、両者の矛盾と衝突をいかに調和させるかが重要であると指摘、そのための三つの原則を提示します。すなわち、(一)法治精神を守ること、(二)他者の権利を尊重すること、(三)寛容の精神です。

『大衆日報』のコラム「どれだけの事を“禁改限”できるか」も興味深い記事です。記事はまず、安全・環境といった公共利益と伝統民俗のバランスをとるうえで「禁改限」は良い方法だったと評価します。さらに従来の中国社会は行政主導型で、政府に対する監督と拘束が不十分であり、政府は往々にして「家長」のようであったと指摘。市民の権益と要求を無視したり、「禁止が多すぎ、服務が少ない」といったことはその表れであるとします。また、ある部門が「公共利益」の名の下に部門の利益をはかったり、「良心(という動機)で悪事(という結果)をなす」など、市民の願いに背いていると批判します。さらに、民主法治が進むこの時代、政府は民主的な監督と拘束を受け、「家長」型から「公僕」型への転換を実現しなければならないとします。花火・爆竹の「禁改限」は今年が初めてなので、これが正しかったのかどうかは実践を通して見なければならないとしながらも、その背後にある、服務型政府という観念が体現されたことは喜ぶべきであると評価しています。

春節の花火という風物詩の復活も、中国の政治改革と市民社会の成長を背景としているということでしょうか。こうした動きの行方がどうなるか、まだまだ予断を許しません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年11月 3日 (木)

キムチ戦争と韓流ドラマ

最近、中国と韓国との間でキムチの安全品質に端を発した貿易摩擦が発生か、という報道がありましたが、韓国『朝鮮日報』の記事によれば、話し合いで解決する方向で収まりそうです。しかし、『東方早報』記事は去年、中国が韓国にとって最大の貿易相手になったことから、韓国の処理の仕方は慎重であったし、WTO加盟国である中国も国際ルールに則った処理をするべきだとしながらも、貿易量とその範囲の拡大にともなって両国間の摩擦は避けられないだろうと予測しています。

それはともかく、中国では韓流ドラマが大人気です。中国の韓流ブームは随分以前から始まっていましたが、『大長今』(日本では『チャングムの誓い』)が放送されたことから、新たなピークに達したようです。その中で『人民日報』に「韓流ブームは我々に何をもたらしたか」という論評が発表されました。論評は韓流ドラマの流行の原因を幾つか挙げています。「真・善・美の追求を思想的テーマにしており、社会の真理と人生の哲理を伝え、東方の伝統的美徳と現代のトレンドが融合し、人々が自身の美しい生活を追及することを激励している」、「韓流ドラマの多くは普通の人々の生活を描写したもので、それが人々の共鳴を呼んだ。韓流ドラマには、現実に近づき、生活に近づき、大衆に近づくということが十分に表されている」などのほか、「中韓には二千年以上の交流の歴史があり、生活方式、審美観、道徳観が非常に似ており、このような韓流ドラマに含まれる東方文化のルーツの親和力がさらに国人をブームに感染させた」とします。論評はさらに「韓流ブームに直面して、我々も群衆に喜ばれる形式と内容で中華民族の優良な伝統を発揚し、社会主義調和社会を建設するうえで大衆文化に積極的作用を発揮させるべきである」と結んでいます。

『温州晩報』記事『北京晨報』記事でも韓流ドラマはリアルで、ドラマの中で表現される倫理道徳は教育にもいいという見方がなされています。マスメディアだけでなく、ブログや掲示板を見てみてもこうした意見が多数出てくるようです。また、沈文彬氏のコラムのように儒教道徳の源流である中国でこのようなドラマを作れないことは反省すべきだ、という意見もちらほら見られます。

中国の隣国、日本も韓流ブームですが、日本ではこのような見方はなかなか珍しいんじゃないでしょうか。

しかし、もし「キムチ戦争」が勃発すれば、韓流ブームにも何かしら翳りが出てくるかもしれませんね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)